「売上は伸びているのに、なぜか手元にお金がない…」
これは、多くの経営者や経理担当者が直面する共通の悩みです。損益計算書(P/L)では利益が出ているにもかかわらず、現預金の残高が増えないというギャップに、頭を悩ませている方もいるのではないでしょうか。
この問題の解決には、過去の取引を記録する簿記の知識だけでは不十分です。お金の流れを本当に改善するには、未来を見据えた管理会計の視点が欠かせません。
この記事では、明日からすぐに実践できるキャッシュフロー改善のヒントを、具体的な3つのステップでご紹介します。さらに、お金の流れを「見える化」する重要な財務指標、キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)についてもわかりやすく解説します。
目次
ステップ1:お金の流れを「見える化」する
まずは、会社のお金の流れを明確に把握することから始めましょう。
難解なキャッシュフロー計算書を作る必要はありません。以下の3つの「期間」を計算するだけで、会社の現状が見えてきます。
- 売上債権回転期間:請求書を発行してから、実際にお金が振り込まれるまでの期間。
- 棚卸資産回転期間:商品を仕入れてから、それが売れるまでの期間。
- 仕入債務回転期間:仕入れた商品の代金を支払うまでの期間。
これらの期間を算出し、自社の平均値や業界平均と比較してみましょう。そうすることで、お金の流れが滞っているボトルネックがどこにあるのかが浮き彫りになります。
ステップ2:問題のある期間を特定し、原因を探る
ステップ1で算出したデータをもとに、キャッシュフローを圧迫している根本的な原因を突き止めます。
- 「売掛金回収期間が長い」場合、入金サイトが長すぎる、または請求書の送付や入金確認に時間がかかっているかもしれません。
- 「棚卸資産回転期間が長い」場合、売れ残りの在庫が多い、または古い在庫が倉庫に眠っている可能性があります。
- 「仕入債務支払い期間が短い」場合、仕入先への支払いが早すぎ、資金繰りを自ら苦しくしている可能性があります。
原因が特定できれば、次に取るべき具体的なアクションが見えてきます。
ステップ3:改善策を実行し、効果を測定する
問題点が特定できたら、小さなことから改善策を実行してみましょう。
- 売上債権:請求書の電子化を進め、入金確認の業務を効率化する。場合によっては、取引先に入金サイトの短縮を相談してみるのも一つの手です。
- 在庫:売れ筋商品に絞って仕入れを最適化する。長期在庫はセールなどで積極的に販売し、キャッシュに変える努力をします。
- 仕入債務:仕入先に支払いサイトの延長を交渉できないか相談してみましょう。
改善策を実行したら、必ずその効果を測定してください。効果がない場合は別の方法を試す、効果が出た場合はさらに改善を続ける、というサイクルを回すことが重要です。
支払いサイトの延長を検討する際には、下請法(下請代金支払遅延等防止法)に抵触しないよう、細心の注意を払う必要があります。
- 下請法とは: 資本金規模の大きい企業が、それより小さい企業(下請け企業)に対して、支払い期日を不当に遅らせるなどの不利益な取り扱いをすることを防ぐための法律です。
- 抵触するリスク:
- 支払いを延長する際に、下請け企業の合意を得ずに一方的に期日を変更すること
- 親事業者の都合で支払い期日を遅らせること
- 手形による支払いの期日が長すぎる場合など
- 【参考】公正取引委員会 下請法の概要:https://www.jftc.go.jp/shitauke/shitaukegaiyo/gaiyo.html
さらに深く学びたい方へ:キッシュ・コンバージョン・サイクルとは?
この記事で紹介した「見える化」の考え方は、キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)という財務指標に基づいています。
CCCとは、企業が仕入れにお金を支払ってから、最終的に売上として現金が回収されるまでの日数を表す指標です。
すなわち、「現金が事業のために使われ始めてから、再び現金として手元に戻ってくるまでの期間」を示しています。

CCCは、3つの期間(棚卸資産回転期間・売上債権回収期間・仕入債務回転期間)で計算し、このサイクルを短縮することが、キャッシュフローを改善する上で最も重要な目標となります。
業種別のキャッシュ・コンバージョン・サイクル
中小企業実態基本調査(令和6年確報)に基づき、業種別のキャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)を算出した結果は、以下の表の通りです。
売上債権 回転期間 (日数) | 棚卸資産 回転期間 (日数) | 仕入債務 回転期間 (日数) | CCC (日数) | |
全業種 | 46 | 43 | 50 | 39 |
建設業 | 43 | 48 | 51 | 40 |
製造業 | 62 | 64 | 58 | 68 |
情報通信業 | 55 | 26 | 66 | 15 |
卸売業 | 56 | 26 | 57 | 25 |
小売業 | 27 | 37 | 34 | 30 |
参考:中小企業実態基本調査/令和6年確報(令和5年度決算実績)/確報/年次
各業種の特徴とCCC改善のポイント
上記のデータは、資金の回収・支払い期間が業種によって大きく異なることを明確に示しています。
したがって、CCCの良し悪しは一概に判断できるものではなく、業種ごとのビジネスモデル・特徴を理解した上で、改善策を検討することが重要であることが分かります。
次に各業種の特徴を踏まえ、CCC改善するためのポイントを考えていきましょう。
建設業
- 特徴:
- プロジェクト単位で動くビジネスモデル。
- 支払いサイトを長く設定することで、資材の支払い資金を手元に長く留める傾向があります。
- 売上債権の回収は比較的早いです。
- 改善ポイント:
- 資材在庫管理の徹底: 現場ごとの必要資材を正確に予測し、過剰な発注を控えます。ジャストインタイム方式の導入も有効です。
- 早期検収の推進: 工事完了後の検収プロセスを迅速化し、顧客への請求を早めることで、CCCをさらに短くします。
製造業
- 特徴:
- 原材料の仕入れから製品完成まで、複雑なプロセスと時間がかかります。
- 製品や仕掛品など、複数の段階で在庫を抱えるため、棚卸資産の滞留が長期化しやすいです。
- 改善ポイント:
- 生産計画の最適化: 需要予測の精度を上げ、売れる分だけを生産する体制を構築し、過剰在庫を削減します。
- 債権回収の迅速化: 回収サイトが長い顧客との交渉や、早期入金割引を導入し、売上債権の回収期間を短縮します。
情報通信業
- 特徴:
- 物理的な在庫がほとんどなく、無形資産(サービスやソフトウェア)が中心です。
- 請求から入金までの期間が比較的長く、買掛金の支払いも長期にわたる傾向があります。
- 改善ポイント:
- 請求・入金管理の自動化: 定期的な請求を自動化するシステムを導入し、請求漏れや入金遅延をなくします。
- 契約時の支払い条件見直し: 長期プロジェクトの場合、「着手金」や「中間金」といった前払いを条件として設定し、回収期間を短くする交渉を行います。
卸売業
- 特徴:
- メーカーと小売店の間に位置し、多種多様な商品を在庫として抱えます。
- 商品の回転を速く保ちつつ、売上債権の回収には時間がかかる傾向があります。
- 改善ポイント:
- 在庫の最適化: 需要予測ツールを活用し、売れ筋商品の欠品を防ぎながら、売れ残りのリスクを減らします。
- 回収業務の仕組み化: 回収遅延が発生した際に、自動で通知を送るシステムなどを導入し、回収業務の効率を上げます。
小売業
- 特徴:
- 消費者に直接商品を販売し、現金やキャッシュレス決済が中心のため、資金回収が非常に早いです。
- 商品の回転率が経営の鍵となります。
- 改善ポイント:
- 在庫管理の高度化: POSデータを活用し、リアルタイムで売上を分析することで、発注の精度を上げ、棚卸資産の回転をさらに加速させます。
- 滞留在庫の早期処分: 売れ残りが確定した商品は、早めにセールなどで処分し、資金を回収することで、在庫リスクと保管コストを削減します。
キャッシュフロー改善のヒントまとめ
今回の記事では、「利益は出ているのにお金がない」という悩みを解決するため、未来を見据えた管理会計の視点から、明日から実践できるキャッシュフロー改善の3つのステップを解説しました。
- ステップ1:お金の流れを「見える化」する
- 売上債権・棚卸資産・仕入債務の3つの回転期間を計算することで、お金の流れのボトルネックを特定します。
- ステップ2:問題のある期間を特定し、原因を探る
- 「売掛金の回収が遅い」「在庫が多すぎる」「支払いが早すぎる」など、自社の弱点を見つけ出します。
- ステップ3:改善策を実行し、効果を測定する
- 特定した問題に対し、請求・入金管理の効率化、在庫の最適化、支払いサイトの見直しなど、具体的なアクションを実行します。
さらに、これらの考え方の根幹にある重要な財務指標、キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)についても掘り下げ、業種別の平均値と改善ポイントを紹介しました。
CCCは資金繰りを改善するための強力なツールです。自社のCCCを定期的に測定し、業界平均と比較することで、より強い財務体質を築くことができます。
この記事が、あなたの会社のキャッシュフローを改善し、経営をより安定させる一助となれば幸いです。
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