― 「結果を記録」する簿記から、「行動を決める」会計へ ―
このシリーズ「簿記から“使える会計”へ」では、簿記で学んだ知識を土台に、USCMA(米国公認管理会計士)が重視する“数字を経営の言語として使う力”を一歩ずつ磨いてきました。
第1回では「簿記の知識を経営の言語に変える」として、数字を“記録”から“行動”へつなぐ考え方を紹介しました。
第2回では「営業利益率だけでは見えない経営の筋肉」として、費用構造(固定費と変動費)から“体質”を読む力を学び、第3回では「数字を“予測”に変える会計思考」として、予算・実績・差異分析を通じて“数字で未来を描く”方法を学びました。
ここまでで、「数字を読む」「数字で未来を考える」力を養ってきました。
第4回となる今回は、さらに一歩進んで、“数字で行動を決める”――意思決定のための会計思考を扱います。
今回では、日常の経営判断に直結するテーマ――
Relevant Cost(意思決定に関係あるコスト)を中心に、「どの数字が本当に意思決定に関係あるのか」を明確にする考え方を学びます。
具体的には以下の3つの観点から進めていきます。
- Relevant Costとは何か(意思決定に関係するコストの考え方)
- 埋没原価(Sunk cost)を正しく理解する
- 実務で使える判断例
- 「自社製造か外注か?」
簿記で学んだ“費用の分類”を、経営判断のための“コスト意識”に進化させる回です。
目次
簿記と管理会計の役割

簿記は「結果の記録」、管理会計は「行動の決定」
簿記を学ぶことで、損益計算書などを通じて「会社がどれくらい儲かったか」という過去の結果を正確に把握できるようになります。
しかし、実際の経営の現場では、単に「結果を知る」だけでは十分ではありません。なぜなら、経営とは常に「次に何をすべきか」を決定し、実行していく行動の連続だからです。
たとえば、日常的に以下のような重要な意思決定が求められます。
- 「この商品の価格を下げることで、販売数を増やせるだろうか?」
- 「製品の部品を外部に発注した方が、自社で製造するよりコストが安くなるか?」
- 「古い設備を修理して使い続けるか、それとも新しい設備に買い替えるべきか?」
これらすべての意思決定は、「数字に基づいて、取るべき行動を決める」プロセスです。
そして、この行動決定において最も重要になるのが、「どの数字が、その判断に本当に影響を与えるのか」を見極めることです。
Relevant Cost(関連原価)とは何か:事例で考える
あなたの会社は現在、A製品とB製品の2つの製品を製造・販売しています。
全体の業績としては黒字ですが、個別の製品に注目すると、A製品だけが赤字になっていることが判明しました。社内では「赤字のA製品はやめたほうがいいのではないか?」という声が上がり始めています。
まずは、現在の損益状況を見てみましょう。
| A製品 | B製品 | 合計 | |
|---|---|---|---|
| 売上高 | 600万円 | 400万円 | 1,000万円 |
| 変動費 | 480万円 | 200万円 | 680万円 |
| 限界利益 | 120万円 | 200万円 | 320万円 |
| 固定費 | 130万円 | 100万円 | 230万円 |
| 営業利益 | ▲10万円 | 100万円 | 90万円 |
🚨 数字に惑わされてはいけない
上の表を見ると、A製品は確かに10万円の赤字です。数字だけを単純に見れば、「赤字事業は直ちに中止すべきだ」と判断したくなるでしょう。
しかし、ここで立ち止まって考える必要があります。
本当にA製品の製造を中止することが、会社全体の利益を増やす最善の策なのでしょうか?
ここで深く問うべき問いは、次の1点です。
A製品の製造・販売をやめたら、本当に会社全体の利益は増えるのか?
この問いに答えるために必要なのが、意思決定に関わる「Relevant Cost(関連原価)」の考え方です。
Relevant Cost(関連原価)による判断プロセス
①固定費を「変化するかどうか」で分類する
まず、ひとくくりにされている固定費を、「A製品をやめた場合に発生し続けるか、削減できるか」の2種類に分けて考えます。
| 固定費の分類 | 定義 | 具体例 |
|---|---|---|
| 回避可能固定費 (Avoidable Fixed Cost) | A製品をやめれば削減できる費用(意思決定で変化する費用) | A製品専用の広告費、製品担当者の給与など |
| 不回避固定費 (Unavoidable Fixed Cost) | A製品をやめても発生し続ける費用(意思決定で変化しない費用) | 工場の家賃、共通設備の減価償却など |
今回の事例では、A製品の固定費130万円のうち、
- 回避可能固定費: 30万円(A製品中止でなくなる費用)
- 不回避固定費: 100万円(A製品中止でも残り続ける共通費用)
と仮定します。
②A製品を中止した場合の「利益の純粋な変化」を計算する
では、A製品を中止するという行動をとった場合、会社全体の利益がどう変化するかを見てみましょう。
ここで重要なのは、変化しない不回避固定費(100万円)は計算に含めないことです。
| 項目 | 変化の内容 | 増減額(+は利益増、−は利益減) |
|---|---|---|
| 売上高 | A製品の売上がなくなる | ▲600万円 |
| 変動費 | A製品の変動費がかからなくなる | +480万円 |
| 回避可能固定費 | A製品専用の固定費が削減される | +30万円 |
| 営業利益の変化 | 合算 | ▲90万円 |
この計算の結果、A製品を中止すると、会社全体の利益は90万円減ることが分かります。
A製品単体は赤字(▲10万円)に見えましたが、実際は会社の利益を90万円も支える役割を果たしていたのです。
③なぜ「赤字=中止」が誤りになるのか?
A製品が赤字に見えたのは、A製品が不回避固定費(共通の固定費)100万円を負担させられていたためです。
この共通の固定費は、工場の賃料や共通設備の費用など、A製品をやめても発生する費用の総額は変わりません。
つまり、A製品に配賦された「共通の固定費」は、意思決定によって変化しないため、Relevant Cost(関連原価)の考え方では、この判断において無関係な数字(Irrelevant Cost)として無視します。
Relevant Costのルール:
意思決定によって「変化する数字」だけを考慮し、変わらないコストは判断材料から除外する。
③意思決定のための「差額の考え方」
経営判断では、「やめるか続けるか」の選択肢を差額で整理するのが基本です。
増加利益 = 増加売上 – 増加費用
A製品をやめるという行動は、次のように要約されます。
- 利益に貢献する要素: 変動費 480万円 + 回避可能固定費 30万円 = 510万円の費用が減少(利益プラス要因)
- 利益を減らす要素: 売上高 600万円 が減少(利益マイナス要因)
510万円(費用減) – 600万円 (売上減) =▲90万円 (利益減少)
したがって、「A製品=赤字」と見えても、管理会計では「会社全体に90万円貢献している」と読み替え、中止するという判断は誤りとなります。
埋没原価(Sunk cost)を正しく理解する
埋没原価(Sunk Cost)とは、「すでに発生してしまい、今後どのような行動をとっても取り戻せない費用」のことです。
これらの費用は過去の決定によって生じたものであり、未来の意思決定(製品を続けるか、やめるか、新しい設備を買うかなど)には、一切関係がありません。
たとえば、次のような支出が埋没原価にあたります。
- すでに行った開発費や調査費:新製品のために費やした時間とお金。
- 使ってしまった広告費:過去のキャンペーンで支払った費用。
- 過去に購入した設備の減価償却費:すでに支払いを終えた機械の費用。
重要なのは、これらの費用は「取り戻せない」ということです。製品を今日やめようが、続けようが、これらの金額が変わることはありません。
経営判断でよくあるのが、過去の支出に囚われてしまう誤った考え方です。
- せっかく開発に1億円もかけたのだから、採算が合わなくてももう少し続けてみよう。」
- 「これまでに設備投資をしたのに、今やめるのはもったいない。」
この感情は自然ですが、意思決定としては誤りです。なぜなら、過去の1億円は、今後あなたがどんな選択をしても戻ってこないお金だからです。
もし、その製品を続けることでさらに追加の赤字が増えるなら、「過去に使ったお金(埋没原価)」に引きずられて判断することは、将来の損失を拡大させる結果になります。
この心理的な現象は「コンコルド効果(Sunk Cost Fallacy)」と呼ばれ、経営判断を狂わせる典型的な落とし穴です。
「自社製造か外注か?」を数字で判断する

問題提起と現状のコスト構造
あなたの会社では、製品に使う「部品X」をこれまで自社で製造してきました。
しかし、最近、外注業者から「1個あたり950円で納品できる」という魅力的な提案を受けました。
経営陣の悩みはシンプルです。「このまま社内で作るべきか、それとも外注に切り替えるべきか?」
まずは、現在の社内製造コストを確認しましょう。
| 費用項目 | 1個あたりコスト(円) |
| 材料費 | 400 |
| 労務費(作業員の給与) | 300 |
| 変動製造間接費(電力・補助材料など) | 150 |
| 固定製造間接費(減価償却・監督者給与など) | 200 |
| 合計(総コスト) | 1,050 |
単純に総コスト(1,050円)と外注費(950円)を比べると、「外注した方が100円安い!」と即断しがちです。
しかし、この判断は大きな誤りを招く可能性があります。
固定費の分類:何が「変わる」のか?
判断の鍵は、固定費の扱いです。製造をやめたとしても、固定費のすべてが消えるわけではありません。
私たちは、意思決定によって費用が変化する部分(Relevant Cost)だけを見極める必要があります。
固定費200円について製造部門に確認した結果、以下の内訳が判明しました。
| 固定費の内訳 | 金額(円) | 外注した場合 | 判断への影響 |
| 減価償却費 | 120 | 発生し続ける(不回避固定費) | 関係なし(無視すべきコスト) |
| 監督者人件費ほか | 80 | 削減できる(回避可能固定費) | 関係あり(意思決定で変わるコスト) |
意思決定に必要な「関連原価(Relevant Cost)」の比較
外注した場合と、自社製造を続けた場合で、「意思決定によって変化する費用」だけを取り出して比較します。
不回避固定費(120円)は、どちらの選択肢でも変わらないため、比較対象から除外します。
| 項目 | 自社製造(円) | 外注(円) |
| 材料費 | 400 | ― |
| 労務費 | 300 | ― |
| 変動製造間接費 | 150 | ― |
| 回避可能固定費 | 80 | ― |
| 外注費 | ― | 950 |
| 合計(Relevant Cost) | 930円 | 950円 |
結論:数字の「差額」で判断する
比較の結果、次のことがわかりました。
- 自社製造のRelevant Cost(変化する費用):930円
- 外注のRelevant Cost(変化する費用):950円
👉 したがって、自社製造を続ける方が1個あたり20円有利です。(950円 – 930円 = 20円)
重要なポイント
この事例で最も注目すべきは、「会計上の総コスト(1,050円)」と「意思決定に関係あるコスト(930円)」が大きく異なる点です。
- 簿記はすべてのコストを記録しますが、そのままだと判断に必要な差額が見えにくい。
- 管理会計では、「変わる部分だけを抜き出す」ことで、誤った判断(この場合、外注)を防ぎます。
上記で「自社製造が有利」と判断されましたが、実際の経営判断では、数字に表れない要素も重要です。
自社製造を続けることには、次のような戦略的な利点があるケースが多いです。
- 品質を自社で徹底的にコントロールできる。
- 生産スケジュールを柔軟に調整でき、急な需要変動に対応しやすい。
- 重要な技術ノウハウが社内に蓄積される。
これらの要素を総合的に考慮した上で、最終的な意思決定を下します。
まとめ:数字で「行動を決める力」を磨く
ここまで見てきたように、Relevant Cost(関連原価)の考え方を身につけることは、単に計算手法を学ぶだけでなく、数字の「見方」と「意識」そのものを変えることです。
簿記から管理会計への意識の進化
| 項目 | 簿記の発想 | 管理会計の発想 (Relevant Cost) |
| 費用の目的 | 過去の結果を漏れなく記録する | 未来の行動決定に必要な費用を選択する |
| コストへの意識 | コストはすべて削減対象 | 行動を変えることで動くコストに注目する |
| 判断の基準 | 固定費・埋没原価を含めた総費用 | 変化しないコストを除外した差額 |
Relevant Costの発想は、簿記の「費用を記録する」役割から、「費用を選んで使う」という経営判断のコスト意識へと進化させる思考法です。
Relevant Costがもたらす意思決定能力
Relevant Costの視点を持つことで、あなたは次のような合理的かつ将来志向の判断ができるようになります。
- 集中すべき対象の明確化:
- 固定費や埋没原価(サンクコスト)に惑わされることなく、行動を変えたときに動く数字(差額)だけに焦点を当てる。
- 将来のキャッシュフローに影響するコストにのみ、リソースを集中させる。
- 判断の合理性:
- 複数の選択肢(自社製造か外注か、製品を続けるかやめるか)を客観的な数字で比較検討し、「どれが最も合理的か」を明確に説明できる。
Relevant Costは、経営者が持つべき「数字に基づいて行動を決める力」を磨くための、最も強力な武器となります。
🧩 次回予告(最終回)
次回・第5回では、数字の裏にある経営の動き・体質・持続力を見抜くをテーマに、“経営を語る力”へと高めることを考えます。
USCMAが目指す、“簿記の知識を経営の言語に変える”を一緒に学びましょう。

